第4,070号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー28-

 

ストレス耐性力”を意識的に下げる方法として、
もう一つ、
非常に効果的なものがある。

それは、
月に1回は”手紙を書く”ことだ。
何も封書にして、
仰々しくしなくても良い。
メモ書きのようなものでも十分だ。

例えば、
上司が外出して退社時間になっても帰社してこない。
中には、
『上司の俺が帰社してないのに何で先に退社するんだ?』
こんな意味不明なことを口にする管理職は
いまの時代まず少なくなったと思うが、
逆に、
『部長が何時に帰ろうと俺は帰るよ』と、
挨拶も何もしないで、
定時退社は権利のように思い込んでいる人が多くなったのも、
いまの時代が生んだ”悪の産物”かもしれない。

こんな時は、
自分が帰社する時に、
部長のデスクの上にメモ書きで良いから、
いつもありがとうございます。
お打ち合わせお疲れさまでした。
このところ、
帰社時間も遅いようですのでくれぐれもお身体にお気をつけて。
お先に失礼させていただきます
こんなメモを残すのに2分とかからない。
毎日やれとはいわない。
月に1回程度だ。

こうして、
自分を取り巻く周囲の人に対して、
穏やかな気持ちで、
労いの言葉を文章として記すと、
意外と私達の気持ちというのは”穏やかに“なってくる。
いつも間にか、
上司にだけではなく、
同僚や部下にも、
こうした行動がとれるようになると、
自分は一人じゃない」という意識が芽生え、
一人で背負い込む”ということも少なくなっていく

 

第4,069号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー27-

 

その昔、
24時間働けますか?”なんてフレーズのCMがあった。
これがTVに流れるといつも、
『働けるわけねぇ~だろ』と心の中で叫んだもんだが(笑。
あの頃は、
世の中全体がそんな雰囲気で充満していた。
でも本当にそんなことやっていた人はほんの一握りで、
そのうちのどれだけの人が短い人生を終えたことか?

「全てをやり終えられなかったらどうしよう?」
「これを自分一人でやらなきゃいけないのか?
誰かの手を借りるか?誰かに相談するか?
そんなことしたら評価に響くだろうなぁ~」
こういうまだ起きてもいないことまで考えないことだ。

それともう一つ。
昇格したりすると、
人は”新しい無駄なストレス”をまた背負い込む人も多くいる。
『課長になれたのだから頑張らなきゃ!』と。
仕事に直結したことでなくても、
結婚したり、
子供ができたりすると、
『家庭を持ったのだから・・・・』
『父親(母親)になったのだから・・・』
課長になろうが、
部長になろうが、
結婚しようが、
子供が出来ようが、
自分が自分自身であることに変わりはない
この「原理原則」さえ忘れなければ、
人はいろいろなことに苛まれることなく、
穏やかで、
落ち着いて物事を受け止めることができる。
ストレス耐性力”を下げるとはこういうことをいう。

第4,068号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー26-

 

ストレス”とは概ね「脳内」で起こる現象だ。
頭だけが勝手に、
起きてもいないことを心配して、
先へ先へと働き過ぎることで起こる
こんな時はチョッと引いて態勢を整えるコトだ。

目の前の作業が山積みで、
スケジュールが追い付けないような時は、
無理をして何とか追いつかせようとしないことだ。
やれないこと出来ない
この「原理原則」から離脱した思考こそが”ストレス”の元凶だ。
例えば、
計算上で3日(72時間)寝ないで、
全力で取組んだらスケジュール通りに行くとしても、
72時間一睡もせずに起きていれば、
まず健康を害する。
少なくても、
思考力は時間とともにどんどんと低下し、
出来上がったもののクォリティーは知れている。
そんなことは間違ってもせずに、
追い付かないスピードなら、
いっそのこと一度ストップして、
作業に優先順位を見直す時間に費やした方がましだ。

例えば、
もし自分に手に負えないような難しい作業が来たら、
『よぉ~し!』と心の中で叫んで、
腕まくりして取り掛かろうとせずに、
まず大きく深呼吸でもして、
解りそうな人。
何かアドバイスをくれそうな人に相談することだ。

人は”ストレス”がたまり始めたことに気付けば、
その”ストレス”はまだコントロール可能だ。
でも、
気付くのに遅れて、
その”ストレス”が丘を転げ落ちる雪玉にようになると、
もう手は付けられなくなる。
雪玉となった”ストレス”は、
どんどんと丘を下り誰にも止められなくなる。

また明日。

 

第4,067号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー25-

 

人間社会は”ストレス社会”といわれて久しいが、
SNSの普及と浸透で、
それはさらに加速したように感じる。
まぁ~”ストレス”という言葉自体は、
昭和の中頃に製薬会社によって作られた言葉だそうだが、
私達はややもすると、
その”ストレス”の重圧に耐えているような人、
ストレス”に強いといわれるような人、
ストレス”に晒されている人達を、
凄い人とか、
偉い人だと思いがちだが、
私はこういう人達ほど気の毒な人達はいないと思っている。
私のセミナーにも時々、
『もっとストレスに強くなりたいんです。
どうしたら良いのでしょうか?』と言ってくる受講生もいるが、
私はそういう人にはいつもこう応えさせていただいている。
『そんなこと考えない方が良いです。
もしよい方法があって、
君が”ストレス“にもっと強くなったら・・・・。
その”ストレス耐性力”が伸びた分だけ、
さらに強く苦しい”ストレス”に見舞われることになる』と。

おかしな言い方かもしれないが、
ストレス耐性力”を高めるには、
ストレス耐性力”を下げることしか方法はない

まず最初にすることは、
手遅れになる前に、
早めに「自分のストレスに気付くことだ。

続きはまた明日。

 

 

第4,066号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー24-

 

私達の人生は良いも悪いも”刺激”に満ち溢れている。
SNSが進めば進むほど、
望まぬ情報も勝手に入り込んできては心を揺さぶる。
いまのコロナ情報などその最たるものかもしれない。

もう20年以上も前になるが、
フロリダのタンパで、
ビジネスカウンセリングの資格研修を受講していた時、
そのカリキュラムの中に、
ぼんやりする時間何もしない訓練」というのがあった。
なぜそんなことをするのか質問すると、
『たった1時間でいいから何もせずにぼんやりとした時間を作る。
これはカウンセリング力を高めるうえで非常に効果があり、
最初は退屈な時間をどう過ごそうかと戸惑うが、
やがてその退屈さが”ゆったりとした気分”になる。
つまりは”リラックスするコツ”を身に付けるためです』。
これがトレーナーの返答だった。

最初は5分からスタートするのだが、
これが結構つらい。
直ぐに、
周囲のことが気になりじっとしていられず、
周りをキョロキョロと見渡してしまう。
私達の不安や悩みの多くは、
『次はどうなるのか?』という、
まだ起きてもいない先のことが、
絶えず目まぐるしく考え続けることから来ている。
脳だって身体と同じで休めることが必要だ。
時々は空っぽにしてやることで、
前よりももっと強く、
シャープに、
クリエイティブになって再起動する。

人生を生きていく上で、
この手法はぜひ皆さんにお伝えしたい。

 

第4,065号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー23-

 

とかく私達は、
№1を目指したがったり、
超一流を目指したがったりするものだが、
スポーツの競争競技に向き合うのは別だが、
人生では、
№1になることや、
超一流と言われるようになることが「一生の仕事」ではない。
人生における「一生の仕事」とは、
自分自身に挑戦し続けるコトでしかない

人生は不公平”であることに気付けると、
自分自身を気の毒がることもなく、
他人を気の毒がることもなくなる。
みんなそれぞれに困難を乗り越え、
それぞれの挑戦に立ち向かって生きている。
少なくとも私自身は、
この事実を受け入れることによって、
目の前の困難を乗り越え、
いまなお挑戦し続ける”ことこそが「生きるコトと学べた。

でも、
人生は不公平”だからといって、
全てを諦め、
自分自身の人生や
社会の一員としてその向上に努めなくともよいという話ではない。
受講生の皆さんに伝えたいのはその逆で、
だからこそ”やれること”に愚直に取り組んでほしいと願う。
人生は不公平”というこの事実を受け入れないと、
つい自分や他人を憐れむようになる。
憐憫心」は人の心を滅入らすだけで人のためにはならない。

人生は不公平”というこの事実をしっかりと受け入れると、
自分に対しても他人に対しても、
立場立場」で物事が受け止められるようになる。
言い換えるなら、
他人の思いへ”共感”する意識が強められるということ。
こういう意識が湧き出すと、
自己憐憫”を振り切って、
『またやり直してみよう!』という気持ちが
新たに湧き上がってくる。

第4,064号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー22-

 

自分が大きな問題だと思い込むような状況を迎えた時、
私は、
恥ずかしいが、
『なんで俺だけが・・・』と、
若い頃はこれも勝手な思い込みを抱いていた。
周りの人達がみんな成功者に見えて、
『なんて世の中は不公平なんだ!』と、
酒を呑んでは帰宅の夜道で叫んだりもした(笑。

考えてみれば「人生は不公平が当たり前」だったんだ。
勝手に、
人生はみんな公平にできている
いつかそうならなきゃいけないんだ”と思い込んでただけ。

それが正しいか否かは別として、
不思議なことに、
いったんこの”勝手な思い違い”に気付くと、
人生で思うようにいかないことが起きても、
クヨクヨしたり、
自分を気の毒がらずにすむようになった。
なによりも、
目の前の「今あるモノや今の状況」に
有難いという意識さえ強くなる
仕事でも、
いま無いコトやモノに不満を言うのではなく、
いま有るもので何とかしよう”と、
懸命に知恵と工夫をするようにもなっていった。

目の前に起こること、
それは必ず”必然の流れの中”で起きていく。
そうである以上、
自分自身で受け止めていく以外に道は無い

第4,063号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー21-

 

人生死ぬこと以外はみんなかすり傷だ
1年たったらみんな過去のこと

たった二つのこの短い言葉。
これに何度救われたことか(笑。

妻や子供とのもめ事も、
お取引先との問題も、
自分が犯したミスも、
手に入れ損ねた大きなチャンスも、
どこかに忘れた50万入りの財布も、
あの東人大震災の時に、
仕事が全くなくなった苦しさも、
今回のコロナの衝撃も、
1年経つ”ったら・・・・・きっと「想い出」に変身してくれる

そして、
知らぬ間に、
人生その他、
もろもろの出来事(現象)の一つにすぎなくなっていく。

まぁ~。
この二つの言葉を、
お経のように唱えれば、
全ての問題が解決するわけではなかったが、
目の前の出来事(現象)に対して、
客観的見方”が捉えるようになることは確かだ。

何よりも、
目の前に起きた事を”大問題”と思い込んで、
勝手に振り回されていた自分は、
イライラ感が捨てきれずに、
『俺はこんなに苦しんでいるのに・・・』と、
周囲に当たり散らしていた無駄なエネルギーを、
今では、
何ごとも前向きにとらえる姿勢や、
家族や仕事関係の仲間達との時間に費やすようになれた。

第4,062号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー20-

 

もう20年も前のことになるけど、
最初に起業して大失敗し、
億という負債を抱えて身動き取れなくなった時。
ある二つの言葉をいつも心に刻み込んで生きようと決めた。
その一つは。
人生死ぬこと以外はみんなかすり傷だ」。
もう一つは。
1年たったらみんな過去のこと」。
その後も、
『どうしよう?困ったぞぉ~』と思うことは山ほどあった。
でもそんな時はいつもこの二つの言葉を思い出した。

多くの人は、
いま目の前に起きている問題は、
『もしかしたら、
私から未来を奪い去ろうとしている。
なんとか早く解決しなきゃ!』と躍起になる。
でもそう簡単に、
目の前の問題が消え去ることはない。
『わぁ~大変なことが起きたぞぉ~』と身体は固まり、
気持ちには余裕が無く。
まだ起きてもいないことまで妄想して、
まるで檻の中の熊のように、
あっちにウロウロ。
こっちにウロウロの繰り返し。

私もそうだった。
そんな時、
『これってそんなに大問題か?
自分で勝手にそう思い込んでいるのかも?
だって・・・・。
今日も、
いつものように目覚め。
朝食をいつものように摂って・・・まだ俺は生きている』

それを自覚するだけ。
これだけで気持ちはかなり軽くなった。

続きはまた明日。

 

第4,061号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー19-

 

私は企業さんの人材研修を依頼されると、
まず最初にこういう話をする。
『会社という組織の中で働く人で、
仕事”そのもので悩みを抱えている人というのはまずいない。
「なかなか仕事が覚えられない」
「なかなか業績が上げられない」
「契約が取れない」
こういうコトを悩みだと勘違いしている人が多くいるが、
実はそういう人は、
仕事が覚えられない。
業績が伸ばせないから悩んでいるのではなく、
そういう自分”が周囲からどう見られているか?で悩んでいる』
これが理解できない人は、
どんなに”やり方”だけを変えて挑んでも、
まずその悩みが解決することはまずない。

大切なコトは、
今の自分”がどうしてこうなったのか?
しっかりと、
素直な気持ちで向きあうことからだ。

他人の評価や目線ばかりが気になる。
弱い自分を他人に知られたくない。
過去の挫折で受けた辛い気持ちや、
辛い出来事をいつまでも引きずっている自分を知られたくない。
親や兄弟(家族)との確執を知られたくない。

だから多くの人は、
自分は仕事ができる。
自分は頭が良い。
自分がスポーツに秀でている。
そうやって、
自分自身を大きく見せようとして生きる。

昨日のブログに登場した。
『赤字でも良いんですよお客さんが喜んでくれれば・・・』
本当は業績が悪くて赤字だらけで苦しんでいる。
でもそれを素直に言えない。
カッコ悪い”と思い込んでいるから。
こういう姿勢と全く同じだ。
本当に”赤字でもいい”と思っているなら、
ボランティアに変える方がまだ気持ちが良い。