第3,755号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -24-

 

他人の評価”が自分自身を変えることはまず無い。
もしあるとしたら、
それは、
「自分が向けている“”の先」が変わっているだけ。
たとえば、
仕事の評価でB評価からA評価に上がった。
これは嬉しいことには違いない。
すると多くの人(自分も評価する他人も・・・)は、
『次はもっと頑張って最高ランクS評価を目指すように!』・・・
これっておかしくないか?
もう完全に、
目指すべくところが変わってきてしまっている。
まして、
最上級のSランクから、
最低級のCランクまでの配分が、
人件費予算から逆算された比率で組まれているような場合だと、
自分以外の人間がレベルが低過ぎたという理由だけで、
自分が最上級になることだってあり得る。
これではまるで、
プロ野球選手が2割8分の打率でも、
他の選手がそれ以下だったから、
自分が首位打者になったようなもので、
こうなると、
もう首位打者のタイトルそのものの価値が地に落ちたも同じ。
最上級のS評価をもらうことに何の価値もなくなる。
『それでも給与が上がるなら・・・』・・・
そういう価値観をお持ちの方は私のブログは参考にはならない。
そういう方は、
そういう向き合い方基準で生きられれば良いだけ。

他人の評価が自分を変えるのではなく、
自分自身で作り出す評価が、
次のステップの自分を創りだしていく!」

私達の行動心理というのは不思議なもので、
自分が無我夢中で取組んで「楽しく」なっていくと、
他人の評価や他人のことはにならなくなっていく。
邪魔な」”・・・・「邪気」が入り込んでこなくなれば、
さらに、
自分自身の「」を磨き上げていくことができる。

第3,754号・ブログ

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「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -23-

 

数か月前にFacebookにも投稿したことがあるが、
自分への評価は他人が決める
この言葉の意味をはき違えないことだ。
これをはき違えると、
『自分のやっていることは「他人」がその良し悪しを判断するのだから・・・』というところから行動が始まってしまう。
こうなると、
私達は間違いなく方向を誤る。
「自分が向き合っていることをしっかりと取組む!」というゴールが・・・いつの間にか・・・・、
「”他人の評価を得る」ことへ向きだしていってしまう。

自分への評価は他人が決める
この言葉の真意は、
自分の取組んでいることを見ている他の人は、
他の人それぞれに、
自分の基準とそれを比較検証している」だけのこと。

だから全ての人から100点満点の評価を得ることは、
かなり難しくなる。
そんな難しいことに向き合う必要などない。

自分の評価は”自分”でする!」この真意を忘れないことだ。
もし、
君が、
自分への評価は他人がする”ものと思い込んでいるなら、
君は、
他人の評価で、
コロコロとその姿を変えていかなくてはならなくなる。
だって「他人」だけ評価が存在してしまうのだから。
こういう姿を・・・”自分を見失った姿”という。

第3,753号・ブログ

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「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -22-

 

車もそうだけど、
人もまた”自主規制”がはじまると、
前に進んでいくスピードは必然的にダウンしていく。
でも、
この解決方法は意外と簡単。

これはもう何回も言っているけど、
その方法は2つ。

一つは、
目の前のやれることだけに集中してやる
「あの人のように・・・・」とか、
「頑張れば私にもできるかも?」と無理したりしないことだ。

二つ目は、
やれることはとことんやって
誰もがやらないレベルまでこれでもかというくらいやる
特に誰にでもやれるようなことを、
誰もがやるレベルで終わらせないで、
誰もがやらないレベルまでトコトンやることだ。

自分が向き合ったことに、
自分自身が誇りを持てるなら、
他人の感じることなど何の意味もなくなる。
サービス業での接客も同じだ。
『この人は凄いなぁ~!』と感じる人は、
誰もが自分の仕事に自信と誇りを持っている。
お客様の顔色見ながら、
小手先の手段を選んで仕事に向き合ってなどいない。

コロナが収束すると、
これからはもっともっと「関係性」が求められてくる。
サービス業だけに限らず、
管理職にある方々は、
このレベルでの人材育成をしっかりと軸に持って、
ご自身の仕事に向き合っていただきたい。

第3,752号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -21-

 

世の中には”他人のこと”が気になって仕方がない人が多くいる。
それは、
私達は自分自身を客観視することが難しいから。
それに比べ、
他人のことはいつも客観視しているから、
その言動がになって仕方がない。
自分に無関係なことなら、
『あらぁ~大変!』で済むが、
自分自身のことが絡んでくるとそれだけでは済まない。
『これで上司は認めてくれるだろうか?』
『これでお客様はご満足してくださるだろうか?』
『こう言い方なら相手は理解してくれるだろうか?』
『みんなは私のことどう思っているのだろうか?』
こんなことばかりを考えながら、
仕事や日々のことに向き合っているのは、
自分に自信が無い”なによりの証といえる。
自分がやってみたいという前向きな意志気より、
他人の評価や感じ方が優先していくと、
人は自分自身の行動が”自主規制”に入っていく。

これは私達が「自分らしさ」を失っていくことになる。

これを解決するには・・・・。
それは明日のブログで。

第3,751号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -20-

 

評価は他人がする
これははじめて係長になった時に部長に教えられた言葉。
最初はこの言葉の表面的なところだけを受け止め、
『他人が評価するんだから・・・他人がどう受け止めているかが大切なんだ」と受けとめていた。
だから、
仕事をしても、
『これで部長からの評価はAをもらえるだろう』とか、
デパートマンだったから、
『こうすればお客様が喜んでくれるだろう』
どんどん進むと、
『これならお礼状がいただけるかもしれない・・・』
こんなふうに”見返り”までも心の奥で待ち望むようになった。
だから、
いつも”出来栄え”だけを気にして、
自分の中で「完璧!」と思い込んだ時、
相手の反応がそれにそぐわないと、
少しづつ苛立ちを感じはじめ、
やがてストレスを生み出していった。

評価は他人がする”とは、
自分の仕事をどう受け止めるかは”相手の基準”。
それは一人ひとり異なり、
その一人ひとりの「相手の問題」で自分には関りの無いこと。
自分に関わりのあるのは、
自分自身がその仕事に対してどう向き合ったか
これしかない。
この評価は「自分」しかやれない

「お客様の喜ぶことを!」
「お客様が価値と感じることをお届けすれば、
それが自社の強みになり差別化につながる!」
こういうレベルで指導をしていくのは、
何とか目の前の作業レベルをやらせるだけの、
新入社員レベルだけだ。
仕事として向き合うレベルになったら、
それでは届かない。
そして、
その「本質」を理解したものだけが、
その先に”真のリーダー”になっていく。

第3,750号・ブログ

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「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -19-

 

人生やビジネスに”成功の法則”などというものは存在しないが、
それに向っての「土壌作り」はしなくてはダメだ。
それが”肯定感”という向き合い方だ。
何事に対しても否定的な人の脳というの委縮する。
『こんなことやっても無駄だよぉ~』
『前にもやったけどダメだったしなぁ~』
こういう受け止めかをする人は、
脳が委縮し、
やるぞ!」という、
進取な意志気意識を自らでそぎ落としている。
専門的なことは解らないが、
脳には”やる気”を生み出す、
側坐核(さくざかく)」という部位があるという。
私達はその部分が駆動しないと”やる気”という意志気意識)が生まれないようになっているらしい。
簡単に言うなら、
何事も否定的に受け止める人は、
自分自身でこの大切なパーツをさび付かせていることになる。
反して肯定的な受け止め方をする人は、
何事に対しても積極的だから、
プラスの感情”を生み出しやすくなっている。

大切なのは次の4つの「」だ。
まずは「やる」。
何事も肯定的に受け止めて挑戦していく「勇」でもある。
二つ目は「」。
何をするにもまず健康でなければダメ。
三つ目は「」。
どうせやるなら無我夢中で楽しみを生み出しながらやる。
最後の四つ目は「」。
一度や二度の”失敗”で諦めないこと。

この4つをいつも「意志意識)」することがなによりも大切。

第3,749号・ブログ

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「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -18-

 

昨日のブログでは、
失敗”という現象の受け止め方をお話ししたが、
失敗”を恐れていると、
間違いなく前には進めなくなる。
失敗”に対する対策は成功するために頑張ることではない。
一言でいうなら「開き直り」・・・これしかない。
『”失敗”がなんだ!
このくらいのことで自分の人生は何も変わることはない!』
このくらいの「開き直り」が必要だ。
実際のところ、
日常生活での小さな”失敗”で、
会社を解雇されたり、
家族と離れ離れにならくなるようなことはまずない。
あるとしたら、
その原因はもっと他のところに存在している。
失敗”をしたら、
素直な気持ちで自分の過ちを振り返って見直し、
それを自覚することから次が始まる
だから、
失敗”なとという現象を恐れずに、
やってみたいこと。
挑戦したいこと。
新しいプロジェクトに命じられたりしたら、
経験があるとかないとか、
出来ると出来ないとかは無関係。
やるかやらないか?」の
意志力をしっかりと定めて受け止めることだ。

それから・・・「決断」というのはなにごとも”肯定的にする
最初は上手くいかなくても、
そうすれば必ず次につながっていく。

人生にもビジネスにも、
どこかの本に書かれているような、
成功の法則”などというものは存在しない。

第3,748号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -17-

 

人はなぜ”失敗”を恐れるのか?
実は、
失敗”そのものを恐れている人はほとんどいない。
彼らが恐れているのは・・・・・、
失敗して自分が周囲からどう見られるか?」
仕事なら、
会社や上司からどう評価されるか?」
こういうことを恐れているだけというのがほとんど。

優秀な管理職や、
優秀といわれる経営者達は、
素晴らしい業績を残しているからではない。
小さな会社を大きく成長させたからでもない。
もうじき倒産しそうな会社をⅤ字回復させたからでもない。

優秀な経営者や管理職と呼ばれる人達は、
部下の結果現象に期待するのではなく、
部下が目的達成のために、
諦めないで挑み続けることだけに期待しているところが凄く、
優秀といわれる由縁がそこにある。

人生も会社も私達にしてくれることは一つだけだ。
会社は社員に対して成長機会を提供しているところであり、
生活や将来の保証をしてくれているところではない”ということ。
従って、
社員は一人ひとりが自分の将来に対し、
自分で責任持って向き合わなくてはならない。
だから、
社員が考えているほど、
優秀な経営者というのは、
その”結果”に対してそれほど期待などしていないということ。

注視して観察しているのは、
進んで挑戦していく”自主性”は新人の頃だけ。
入社して3年が経過したら、
その自主性”を越えた「主体性が問われる。

やる前から、
失敗”を恐れて何もしないでいるのは、
この”自主性”すら持ち合わせていない人材といえる。

第3,747号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -16-

 

人生は”失敗”の繰り返し。
誰だって、
生まれてからこれまでに大なり小なり”失敗”をしている。
どんなに優秀といわれる人でも”失敗”しない人はいない。
少ないことに越したことはないが、
この”失敗”というのは多くのことを気付かせてくれる。

まずは、
その”失敗”という言葉の「本質」をしっかりと理解することだ。
そもそもの意味は、
方法がまずかったり情勢が悪かったため、
結果として目的が達せられないこと」を”失敗”という。
ところが、
多くの人は、
この意味の最後の部分だけ、
結果として目的が達せられないこと”というところだけを、
勝手に掬い取って”失敗”という現象を受け止めている。
大切なことはそれよりの前の部分だ。
方法がまずかったり情勢が悪かったため・・・」に現れた、
結果現象であると受け止められている人は少ない。

つまり、
失敗”というの一つの「成果」として現れた結果なのだ。
もし、
この”失敗”という経験をしなければ、
方法がまずかったり情勢が悪かった・・・」ということは、
一生解からず終いのままということになる。
この”失敗”という経験があるからこそ、
私達は成長でき、
子供から大人へと進んでいいけているはず。

なぜ?
多くの人はこの”失敗”を恐れるのだろうか?
それは単に、
「また同じ結果だと嫌だ!」という感情からなのだろうか?

明日はそのあたりのお話を!

第3,746号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生は”一歩一歩の積重ね”で前に進む!」  -15-

 

」が”後ろ向き”になると、
人は間違いなく健康に悪影響を及ぼすことになる。
休みの日は元気なのに、
登校時間が近づいてくると、
腹痛や頭痛に悩む子供がいるが、
これは決して仮病でもなければ怠けているわけでもない。
その時は本当に頭が痛く、
お腹がなんかおかしいのだ。
これは、
本人は『学校に行かなきゃ!』という意志気が在るのだが、
それよりも強く、
『でも・・・できれば行きたくないなぁ~』という意志気が強く働いている。

誰でもが経験があるだろうが、
学校だけでなく、
職場といった人が多く集まり、
さらにそこでは、
学業成績や業務評価というものが、
自分の価値を決めているようなところは、
そこに赴く人にとっては決して楽園ではない。
苛め”とまではいかんくとも、
本人からしてみると、
チクチクと痛くなるような、
周囲からの目線や言葉があったりする。

こういうことで”悩む”人は、
どちらかというと真面目で、
我慢をして頑張ってしまう人が多い。
その我慢頑張りが、
上手く結果を出してくれている内は良いのだが、
早々、
思うように上手くいかないのが人生だ。
そして、
いつの間にかその我慢と頑張りが疲労感となり、
蓄積して「」という場面に出てくる。
もっといけないのは、
それをまた隠すようにして自分で背負いこんでい行くことだ。

これはまさに”後ろ向き”だ。
『じゃぁ~どうすれば良いんだよ?』といわれそうだが、
直球でいうなら、
そんな学校も職場も行かない方が良い。
『そんなことできるわけないだろ!』と、
またお叱りを受けそうだが、
身体を壊して寝たきりになったら元も子もなくなる。
ましてや、
子供頃の勉強など、
1~2年遅れたぐらいのことはいくらでも取り戻せる。