《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「天風哲学に「人の”在り方”」を見る!」 ー168-
自分自身の「意志」ほど自分の人生を左右するものはない。
したがって、
この「意志」の力の煥発が不十分だと、
目の前の”出来事(現象)”や、
目の前に現れる”他人”の言動によって、
自分の「心(感情)」が揺さぶられ、
自分の「心」でありながら、
自分自身でその操縦が完全に不可能な状態へと導くことになる。
『あの人がいるから会社に行きたくない』
『あの人とは一緒にやっていけない』
『あんな仕事はしたくない』
世の中に、
自分の好きなことを、
自分の好きなようにやらせてくれる環境など、
そこで”対価”をいただくような場には一つも存在していない。
辛く苦しいこと。
耐え忍ばなくてはならないこと。
理不尽と感じるようなことなど、
いずれも「二律背反」の中に在るからこそ”対価”が頂ける。
自分の「心」は自分が使いこなすもので、
決して、
その「心」に使わるようなことはあってはならない。