第2,340号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です」♪》
「未来はチョッとしたことで変えられる」 -30-

 

昔、
ゲーテの「色彩論」というのを読んだ時、
『なんだぁ~あんまり余計な”気”は使わないで良いのかも?』
こう感じたことがある。
私達はどうも、
コミュニケーションという言葉を、
間違って理解しているところがあるようで、
いつもいっているけど、
”コミュニケーション”って、
他人と仲良くすることではない。

今日はいうならば、
”誰とでも仲良く誠実な人でいなくちゃ”と考えているような人へ!

考えてみれば、
自分の周りに集まる人達の
全ての人と上手くやることなど不可能だ。
出逢って、
考えを交換し合い、
行動を共にしながら、
お互いに観察し合って、
『この人とは永く一緒に歩いていきたいなぁ~』と思うか、
『この人とは考え方が違う。
もうこれ以上は無理だな』と感ずるか、
せいぜい、
出逢った人の半分と、
一緒に歩んでいけたら最高だろう。

ゲーテの「色彩論」の中にこんな言葉が、
「誠実であろうと努力しても、
人は不誠実になる恐れがある。
人が、
誰かに対して誠実あろうとすれば、
他の誰かに対しては、
必ず不誠実になってしまう恐れがある」と。

”誠実であろうと努める”ことは良いことかもしれないが、
無理はしないことである。

「誠実でいようとしている人が、
結果として、
誠実になれなかったとしても、
その人の誠実さが損なわれるわけではない」。
これもその本に書かれていた言葉だが、
私はこの本の中から、
”正負の法則”というの学べた。
あるものに光をあてようとすれば、
他の多くのものを陰におくことになる。
陰があるから、
光の存在が輝いて見えるという
「原理原則」を忘れないことだ。

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