第4,104号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生の歩き方は一つだけじゃない!」  ー62-

 

人はそれぞれにそれぞれの考えがあるように、
人の生き方もまたそれぞれだ。
その違いは文化の違い以上に多く存在しているかもしれない。
異なる文化圏の人達が、
自分達と見方や受け止め方が違って当然。
もし、・・・・同じだったら、
海外旅行に行った時の、
感動のようなものはもっと少ないかもしれない。
そしてそれは同じ文化圏の中にも存在する。
それをしっかりと認識したうえで、
人間観察をしてみると意外なことに気付ける。

昔、
まだ孫娘が3~4歳の頃、
近くのショッピングモールに買い物に行った時、
ゲームコーナーのところに数名のパンクロッカーが、
お決まりの”ウンコ座り”のスタイルでたむろしていた。
腕にはタツッーがあって耳にはピアス。
髪型はツンと立たせ奇抜なものだったが、
孫娘はそれを見ると、
『なんであの人達はあんなオシャレをしているの?
なんの衣装?』と私に聞いてきた。
以前の私なら、
そんな若者を見ると批判めいた見方をして、
『あいつらはおかしい!』と、
自分が常識のある正しい人間だといわんばかりに、
孫娘の質問にも批判めいた回答をしていただろう。
私はその時、
孫娘に『うぅ~ンおしゃれだねぇ~』と返した。
すると孫娘は、
『でもミーちゃんはこの髪型が好きだなぁ~』と、
自分の頭を指さした。

人には好き嫌いもある。
私は今でも、
パンクロッカーの生き方を自分では選ばないだろうし、
他人にそれを勧めるつもりもない。
しかし同時にそれを批判するつもりも毛頭ないし、
そんな立場にもいない。

人にはそれぞれ選択の「自由自責」があるのだから。
どんな生き方、
どんなスタイルでも構わないが、
この「自由自責」のバランスを失わないことが大切だ。

 

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