第3,036号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「人生は自分自身で創造するもの!」 ー19-

 

「気」というのは、
いつも言っているけど私達のDNAそのもの。
私達の肉体は、
この宇宙のエネルギーの波動によって発生したもので、
それが永い年月によって進化し続けた結果だ。
だから「気」にはいつも一定の流れというものがある。
『あの人は”気が短い”ねぇ~』
『あいつは本当に”呑気”だよなぁ~』
いずれも人の性格を指している言葉。
『あの子”気になるなぁ~”』は感心事。
”気の抜けたビール”とか、
”バラの香気”といえば、
その生命力から発せられる特有の味や香り。

ところが「気」の持つ自然の流れに反して、
『あの人には”気を遣う”よなぁ~』
『相手の方に”気を使いなさい”!』ということは、
自分自身の考え方、受け止め方に
エネルギーを使いなさいということ。
これと似た使い方が、
”気を回す”、”気に病む”、”気兼ねする”、”気をもむ”などという表現がある。
いずれも、
自然体からはなれ、
必要以上に「気」を遣うことで”気疲れ”が生まれることだ。

”気を遣う”なら、
智慧や工夫をする時に、
「意志気」という「気」を使った方がはるかに良い。
つまり、
『どうしよう?どうしよう?』と”気をもむ”よりも、
『今の条件の中でやれることは何かないかなぁ~?』と、
脳細胞をフル活用した方がどれだけ良いかということ。

サービス業の仕事でお客様に対しても、
職場で上司に対してもも、
「相手の気持ちを考えて・・・」と
表面的は向き合い方で取組んでいると、
お客様や上司の反応だけが”気になり”だし、
行動意識はいつしか”手段”となっていき、
必然的につまらなくなっていってしまう。

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