《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です」♪》
「人生”やれること”を悔いなくやり続けよう!」 -1-
セミナーでもブログでも、
いつも言っているけど、
私達には”できたこと”はあっても
「できること」など一つも無い。
だったら、
もう”できる”という意識も、
言葉さえも捨ててしまうことだ。
あるのはただ一つだけ「やれること」。
でも、
この「やれること」も、
口先で、
『私はやる!』
『私はやれる!』などと何万回叫んだところで、
何一つやれやしない。
その”コト”にあたるうえでの準備や知識が必要だ。
そのためには、
若いうちは特に、
「学び」が欠かせなくなる。
ところがこれも、
”雑識”のまま、
自分が学んでいると勘違いする人が多くいる。
”雑識”なら、
本を読んだり、
いろいろなセミナー詣でをして、
メモさえしっかり取って記録しておけば大丈夫なんて、
小学生にだってやれる。
そして、
小耳に挟んだフレーズを、
流行り言葉のように使いながら、
自分ではその真意を理解したつもりになっている。
誰かが、
新しいフレーズを口にすると、
『あぁ~、その言葉ならもう私も使っています!』とか、
さも、
『私は学んでいます!勉強しています!』と言いたげに。
”雑識”とは、
いい加減な知識、
中途半端な知識ということ。
人生で「学び」を手にするには、
ある先生がこういう言葉を残されている。
『”知識”は”見識”に変え、”見識”はさらに”胆識”に変えよ!』と。
「人生”やれること”を悔いなく”やり続ける”!」ために、
まずは、
「学び」の本質から復習していこう。
今日から新しいシリーズ。