《”ねぎたけ”こと・・・「禰宜猛(ねぎたけし)です」♪》
「自分の人生の方向性を変える”小さなコツ”」 ー23ー
人生ではどうして?
次から次にこう”問題”が起きるのだろうか?
こんな気持ちになることは誰にでもある。
そして多くの人が、
その目の前に起きる”問題”に振り回されて、
後でこう口にする『あの時にあんなことが無かったら・・・今頃は・・・』と、
でも”あの時にあんなことが無かったら・・・・”
今のあなたはここにいなかったかも。
こちらの方が正しいとらえ方。
何年前だったかな?
なんという人が書いた本か忘れたけど、
「ダライ・ラマに恋して」という本を読んだ時、
巻頭にチベットの法王ダライ・ラマの言葉が書かれていた。
それはこんな言葉だ。
「いかなる逆境に陥ろうとも、
またいかなる災難に遭遇しようとも全ては束の間のことである。
こう物事を捉えるようにすることです。
水たまりのさざ波のように、
それらが生じては消え生じては消えするだけで、
私達の人生にはそうしたことが繰り返し繰り返し起こり、
決して終わることのない定めなんです。
一つの問題が現れては過ぎ去りそしてまた間もなくすると、
別の問題が現れ出してくるのです」
確か・・・こんなことが書いてあったと記憶している。
なんでなのだろうか?
私はこの時に人が生きていく上での人生の”意義”のようなものを感じた。
それは・・・「人生は”試練の連続”で試されている」ということ。
そう!
まるで本試験の前の予備試験のように。
本試験はきっと死を迎える時に来るんだろう。
つまり目の前に”問題”が起こらなくなったと感じた時は、
もうそこまで死神様が迎えに来ているということかも?
そう考えたら・・・・、
毎日毎日、
問題が起きている方が伸びしろがまだ残されているということで、
その方がもしかしたら・・・良いかも?
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