第5,011号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「天風哲学に「人の在り方」を見る!」   ー87-

 

天風哲学の中に「第一義的な活き方」という言葉がある。
第一義的な活き方
言葉だけを見ると、
なんとも難しく意味が良く解らなかったが、
天風先生の解説を読むと、
どんな場合にも
例えば
自分の身に病が在ろうが無かろうが
運命が良かろうが悪かろうが
その他の人生事情のいかんに関わらず
いつも一切にして
それに向き合う自分自身の心の力
苦を楽しむの境涯に活きる活き方をするにあり』とあるが、
これでもまだ難しい。

これを私なりに解釈するなら、
目の前に起きたことは困難苦難もすべては必然」。
全ては自分に何かを教えてくれようとしている現象に過ぎない
だったら
その苦しみも辛さも
素直な気持ちで受け入れて
自省のなかで感謝を振り返り
その与えられた条件の中でやれることだけに集中する

人間関係も仕事での諸条件もみんなそうだ。
嫌な奴がいるからと愚痴を言って逃げ出すか?
その中で「やれること」と向き合っていくか?
その差が自分自身に返って来るだけのこと・・・・。
そこから逃げていく人間は、
一時的に、
嫌な奴”と離れられても、
必ずまた同じような人間が目の前にやって来る。
自分自身が「気付き」を手にするまで・・・・。

こう受け止め出した頃から人生は大きく変わっていった。

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