第1,924号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・「禰宜 猛(ねぎ たけし)です」♪》
「私達は多くの”思い込み”に左右されている!」-51-

 

人は誰しもが
存在しているだけで
必ず誰かの役に立っているはず。
昨日のブログでお話しした”承認欲求”。
相手に、
誰かに、
自分の「価値」を認めてもらおうとする行為。

大切なことは、
”自らの主観”によって
誰かの役に立っているか?
世のために役立っているか?
お客様に喜んでいただけているか?ということが、
認識できているかどうか?
これさえできれば、
自らの「価値」を自然と実感できるはず。

そのためには、
演じないこと。
表面的なことに囚われないこと。
他人と比較しないこと。
競わないこと。
ただただ、
自分と向き合っていけばよいだけ。

素直な気持ちで自分と向き合い。
目の前の「やれること」だけを懸命に取組むだけで十分。

いつも言っているけど、
”出来ること”ではなくて「やれること」という
この違いをしっかり理解することがまずが重要
。

”出来ること”と口にするから先を見る。

”出来ること”と「やれること」は
同じことと”思い込む”から、
意識がこの瞬間ではなく、
先に必然的に無意識に移動し、
”出来ること”の到達時に向き勝手に絵図を描く。

私達は常に、
この瞬間という時しか
人生で確かなものは無いはずなのに。

”承認欲求”とはそういうこと。

先のことなど考えないこと。
自分が取組むべき目の前のことを、
悔いの残らぬように
愚直に、
懸命にやりさえすればよいだけ。

今日の”思い込み”は、
私達がもっとも陥りやすい
「欲」というところから生まれている。
受講生の皆さんは、
あの二日目に取り組んだ”力の誦句”を思い出して。
ただただ、
目の前の”やれること”だけに集中する大切さを
体感したはずです。

 

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