《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「こんな時代だから大切なこと”運命”は自ら切り開く」 ー22ー
人生を”自分の意図せぬ方向に急転回させる力”が「運命」とするなら、
「昨日のような今日、今日のような明日」と、
自分に感じさせるのもまた「運命」かもしれない?
難しい表現をするならそれは、
「慣性力(加速度運動をしている観測者から見ると、実際に働いていないにもかかわらず、あたかも働くかのように感じられる「見かけの力」)」といわれるものか?
”「慣性力」の人生”とは言い換えるなら思い込みの人生か?
ただ何となく生まれてきて、
ただ流れのままに「意志」を強く持たずに生きていく姿。
自分がどこを目指しているのか?
人生という大海を漂流するかのように、
自分が思い描くところとはどんどんと違う方向に導かれていく人。
この流れから抜け出すには「強い”意志力”」を持つ以外にはない。
「強い”意志力”」とは、
『頑張らなきゃ!』とか、
『頑張るぞぉ~!』ではなく「やるぞ!」と自覚する具体的な意志。
それも具体的に「やれること」というのが絶対条件になる。
「自分は将来有名なピアニストになる!」とか、
「自分はこの会社で必ず役員になる!」
「独立起業して事業で成功して見せる」というような、
“欲と夢”の混ざり合った世迷言ではない。
そんなことでは「運命」を変えることは難しい。
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