《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「天風哲学に「人の”在り方”」を見る!」 ー245-
私達の心の中に存在する「思念」というものは、
もの凄い魔力のような力を持ち備えていいる。
「思念」とは、
「心に思うこと」だが、
私達は目の前の”出来事(現象)”をとらえては、
人それぞれにその受け止め方は異なる。
「心に思うこと」というのは、
何かを目の前にした時、
瞬時にしてその目の前の”現象”に対して、
過去の経験や体験から、
”好きか嫌い”を選択してしまいがちだ。
例えば、
過去に大勢の前に出て話をした時に、
心ならずも噛んでしまい失笑を買った経験があると、
その人は『私は人前で話すのが苦手で・・・・』と、
”勝手な思い込み”から自分を位置づける。
これなど「思念」の在り方が全く狂った状態にあるといえる。
”すごい魔力のような力”をもっているのだから、
その「思念」から伝わる「心の映像(想像状態)」を、
プラスに生かしていくことがはるかに大切なはず。
特に過去に起きたことをいつまでも引きづって、
まだおきてもいない、
これから先の「想像映像」を勝手に暗いものにしてはならない。
日常絶え間なく起こる「想像」という私達の活動も、
よき刺激を充てることで、
そのピントをピンボケにしないよう、
しっかりと「思念」そのものを前向きに捉えることが重要。
これこそが「潜在意識」の力をフル活用するこうかであると、
天風哲学では教えてくれている。