第5,962号・ブログ

《”ねぎたけ”こと・・・「禰宜猛(ねぎたけし)です」♪》
「自分の人生の方向性を変える”小さなコツ”」  ー18ー

「目指すところには目に見えて直結しないけどつながっていること」
こんな話がある。
ある村に持病の腰痛で悩むお婆さんがいた。
連れ合いのお爺さんに先立たれ、
お婆さんは毎日毎日、
畑仕事と家事に追われ身体を休める暇もなく、
やがて腰を痛め苦しさから寝付けず朝も起きられない日が続いていた。
ある時、
偉い坊さんが都に向かう途中にそのお婆さんの村に立ち寄った時のこと。
暑さで喉が渇き切っていると、
お婆さんが柄杓に水を入れて差し出してくれた。
灼熱の暑さの中で倒れかけていた僧侶は、
『お婆さんいろいろありがとう。
一杯のお水に救われましたありがとう』と深々と頭を下げ手を合わせた。
『何かお礼がしたいのですがなにも持ち合わせていないので・・・何かお困りのことがあればお手伝いしますが・・・・』
するとお婆さんは、
『はい・・・実はぁ~・・・このところ持病の腰痛が酷くて・・・・』
するとお坊さんが、
『それは難儀なことですね。
そうだお世話になったお礼にその持病が治る方法を教えて差し上げよう』
そういうとお坊さんはお婆さんの手を引いて、
庭先に出ていき近くの小高い山の頂上に見える祠を指さし。
『ほらあそこの祠が見えるでしょ、
あの祠は様々な持病で苦しむ人の願いをなんでも聞き入れ、
叶えてくれる神様が祭られているんです。
あそこに毎日、日の出と共に参拝しなさい。
必ず持病の腰痛は治るはずです。
良いですか必ず必ず毎日、日の出と共にですよ!』
次の日の日の出と共にお婆さんは毎日毎日、
その小高い山の頂上にある祠を詣でたという。
100日も欠かさずに行っていると、
なんとお婆さんの腰痛はみるみる良くなり、
曲がっていた腰さえもまっすぐに伸びたそうである。

これは、
その祠に祭られている神様のお力なのだろうか?
そんな新興宗教じみた話ではなく「原理原則」の結果の話だ。
”足元を見る”とは自分でやれる決めごとを決めたら、
それルーティンとして欠かさずやる続けることこれが何よりも大切
。。
全てがここから始まる。


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