《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「”他人”を自分の中に引き込むな!」 -19ー
「良い人」と”調子の良い人”というのは全く異なる。
この違いは行動を見ていればすぐに判る。
”調子の良い人”というのは、
いつも会話の中に”他人”が入り込んでくる。
「周囲に喜ばれるようなことをやろう」とか、
「誰かの役に立つことを意識してやろう」とか、
「会社に貢献しよう」とか、
どれもこれも「結果」として必然的に生み出されるもので、
そこに作為があっては絶対にならないものなのに・・・。
そういう意識の行動は行きつく先は「自我」でしか無くなる。
「人格を磨く」とか、
「徳を積む」とか、
「利他で生きる」というものは、
そこに”他人”の存在が全く在ってはならない。
そこに”他人”の存在が現れるということは、
そういう自分になることで”自我”を埋め尽くそうとしていることに他ならない。
言い換えるなら、
そこには「自分」以外は誰も何も存在しないという「無」の中で、
自分自身と向き合いながら「自省」と「自制」を繰り返し、
「自責」の上に立った人生道を歩まなくてはならないという使命が、
私達には存在しているから。
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