《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「天風哲学に「人の”在り方”」を見る!」 ー217-
毎日毎日、
私達はどこかに大切なものを忘れて生きているよな気がする。
特別に何か楽しいコトや嬉しいコトが無いと、
『あぁ~』と思わずため息をつきたくなるような瞬間が、
誰にでもあると思うが、
天風哲学では、
「生活の情味」というものは、
日々の楽しい事柄の中や、
ましてや、
“金品の豊かな時にのみあるのでは無い”と教えてくれている。
「情味」とは味わいや趣。
人間らしいあたたかみや人情味のことを指している。
こういうことは、
生活の中で巡り合う、
悲しみや苦しさの中にも存在している。
人の階級や生活レベルなどとは全く関係なくそこに在る。
むしろ、
人生の価値を富貴や地位に求める人達には、
「人生の情味」をそうしたものの中に求めようとするがあまり、
真の「情味の味わい」を味わい難くしている。
苦しい時、
悲しい出来事と出逢った時こそ、
この「情味」を自覚するようになることだ。