《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「天風哲学に「人の”在り方”」を見る!」 ー48-
私達の身体は流れる川筋に似ている。
その流れの川上というか源流に「心=意志気」が在りて、
川下に肉体が存在している。
肉体的な疲れや痛みは、
自然と時間が解決してくれ、
日常的なほとんどの場合、
美味しい晩酌をして、
グッスリと一晩寝ればまず気持ちは改められることが多い。
それはいま目の前の流れる水の中に”濁り”があっても、
上流から流れ出でてくる清らかな水によって、
やがてその濁り水は清らかな水に変わっていくのと同じ。
でも、
「心」が濁るとそうはいかなくなる。
少し調子を崩した体調も、
『この先どうなるのだろうか?心配で眠れない』
『この病(怪我)は治るのだろうか?治らなかったら・・・』
こうやってまだ起きてもいないコトで、
「心」の中を不安で溢れさせていると、
流れは、
そこにゴミや汚れを蓄積していき、
本来あるべき流れからはみ出して、
濁流となって途方もない方向に流れ出していく。
私達の「心」と「肉体」の関係性はこういうところにある。