《”ねぎたけ”こと・・・禰宜 猛(ねぎ たけし)です!♪》
「”心配事”から自分を解放しよう!」 ー3-
あのシェークスピアの言葉にこういうのがある。
「物事に良いも悪いもない。
考え方によってそれは良くも悪くもなる」
私達は自分の考え方によってどんなことでも創り出せてしまう。
ということは、
自分の「心」は時に天使にもなり悪魔にもなるということ。
”心配事”に振り回される人というのは、
多くの時間を自分一人で、
自分の”心の中”で過ごしがちになる。
つまり、
思い込みや、
凝り固まった考えの中から注意をそらしてくれる人がいない。
「心配する」という行為は、
それほど孤独な行為ということになる。
”人は一人では生きられない”というのは、
私達が生きる世界の大原理原則なのに、
これでは苦しみを自ら生み出していることに他ならない。
”心配事”というのは反射鏡のようなもの。
自分の「心」に入り込んできたことが、
ほとんどそのままの状態で何倍にも拡大されていく。
心配性の人が学んできた心配の仕方の一つは、
自分が悩んでいることを、
他の人には気付かれないようにすることだ。
自分じゃない自分を演じていれば、
そういう自分の姿は、
他の人にバレないで済むと思い込んでいるかのように。
もし、
”悩んでいるのに悩んでいないふりをすれば騙せる”
こう思い込んでいるとしたらそれこそ大問題だ。
”心配事”というものは、
どんなことでも「誰かと分かち合う」ことで緩和されていく。
なぜなら、
人は、
”相手が何を考えているのか?”
これを知ることで相手との関係性を築いていくから。
誰かと「関係性」が築けるということは、
自分が抱える”心配事”を分かち合える相手がいるということ。
自分が抱える”心配事”を本当に解消したいと考えるなら、
思い切って心の内を誰かに打ち明けることだ。